自分の経験を語ってみます。まずは印刷メディアから。昔、自動車販売の広告の仕事をしてまして、自動車雑誌や新聞や新聞チラシに入れる広告を作ったことがあります。元になっていたのは汚い車の写真がいっぱいに支払い例がどっさり入った、いわゆる新車低金利販売の典型みたいなヤツ。で、これはわかりにくいだろうということで、イメージカットをプロカメラマンに撮って貰い、綺麗にデザイナーがデザインして、「なにこれ、一流企業じゃん」という感じの広告にしたところ、「問い合わせが激減!」してこのシリーズは一回で終わりました。ここで学んだことは

情報満載感がある見せ方のほうが、綺麗なイメージよりも顧客の反応がある

ということでした。

かっこいいWEBは物が売れるのか(永江一石) - BLOGOS(ブロゴス)

これが真実なんだなぁ……

(via amamako)

(otsuneから)

 小説家になりたいという人が、ほぼ必ずぶつかる壁の一つに『頭の中に大傑作として存在しているストーリーを実際に書くと、どういうわけかつまらなくなる問題』というのがある。これは、『頭の中に大傑作として存在しているストーリーを友達に話すと反応が妙に薄く、やる気を失う問題』と根は同じである。

 小説家志望にとってこの問題がやっかいなのは、こじらせると、

  1. 文字にするとつまらなくなるので書かなくなる(現実逃避)
  2. プロの小説家を尊敬できない(自分の頭の中のイメージ>プロの小説 だから)
  3. 尊敬できないプロが世間では自分より認められるので、つい俺の方が凄いと言ってしまうが、書いていないので認められない(孤立化)
  4. 自分の世界に籠もる(更なる現実逃避)
  5. 尊敬できない作家がもてはやされている世の中は間違っていると思うので、クーデターや世界の滅亡を願う(チャラになれば、今度は自分が注目されるのではという願望)
  6. そんなことを願っているうちに、どうにもならない年齢になる

 といった感じで、いわゆる“負のスパイラル”に陥りやすいことだ。私もこのスパイラルにはまったことのある一人だ。

 このスパイラルから脱出する方法はいくつかあると思うが、手っ取り早いのは、頭の中の大傑作を文字にするとつまらなくなるのはなぜなのかを知ることだと思う。
 どうすればわかりやすくなるかいろいろと考えてみたが、麻雀でたとえてみたい。
 まず、世間一般で言われる『傑作』を役満の手だとする。

役満の例

緑一色(リューイーソー)


 緑のみで図柄が刻まれている牌だけで構成される

素材:フリー素材の来夢来人

 麻雀というのは基本的に、四人に13枚ずつ牌が配られ、配られた以外の牌を一人ずつ引いていって、役を作るというゲームである。牌は数種類あり、それぞれ数字や絵が書かれていて、種類ごとに同じ数字を揃えたり、同じ種類で数字を順番に並べると役がつく。

 配られた時点で役になっているという場合もあるが、普通は何度も牌を引いたり、相手から牌を取ったりして役を作っていく。つまり、役満の手というのは最初から用意されているものではなく、偶然とか駆け引きとかいろいろなものが結びついて形になったものである。
 小説も似たようなもので、作家の頭の中に小説の材料がごちゃごちゃと揃った時点で傑作が約束されるということはまずあり得ない。作家の経験や思考、能力、時代の流れ、運、編集者、出版社、宣伝など、いろいろなものが絡まり合い、傑作(と呼ばれる物)が出来上がる。
 では、小説家志望の頭の中にある大傑作イメージは麻雀で言うとなんなのかというと、実戦ではなく一人で牌を揃えて役満の手を並べた瞬間を切り取ったものなんだと思う。たとえば、リューイーソーなら、既にリーチになっていて、表になって見えている發を加えた前後のイメージという感じだ。堂々たるクライマックスシーンを思い描いて恍惚となってしまう。どういう経緯でそうなったかというものは点のようなものだけ。
 友達に伝える場合は、
「見て見て、俺、リューイーソー揃えちゃった、すごくね?」
 といった感じだろうか。
 しかし、リューイーソーを含めた役満の手が評価されるのは、実戦で揃えたということに対してであって、リューイーソーの牌の並び自体がすごいわけではない。自由に牌を取ってリューイーソーの形に並べて、それを大勢に見てもらっても誰もなんとも思わないだろう。友達に、自分が考えた傑作と信じて疑わない大まかなストーリーとクライマックスシーンを興奮気味に話しても、大抵、薄い反応しか返ってこないのはそのためだ。
 ただ、イメージを口にしている小説家志望本人が、別の小説家志望から同じようにイメージだけを熱く語られたら、そんなこと言われても、通して読んでみないとわからないよねと思うはずである。なぜ、他人から聞くとおかしさがわかるのに、自分で言う場合はわからないのか。おそらく、作者としての補正が効いてしまうからだろう。

 頭の中の大傑作を文字にするとつまらなくなるのも、麻雀で考えればわかりやすい。いくら、役満の手をイメージして進めていっても、そもそも配牌が狙っている手にまったく合わなかったり(キャラクター設定の失敗)、捨てる牌を間違えれば(構成の失敗)役満の手の出来損ないのようなノーテンの手が出来るだけだろう。配牌を無視して特定の役のみ狙えば上がれる確率は低くなる。
 また、イメージに自信がある小説家志望の人は、しばしば、プロの作家の作品に対して「俺だったらもっとうまく書ける」と口にする。大抵の場合、麻雀で言うとツモと打牌をだいぶ繰り返して、ある程度、牌が整った状況から引き継げば、である。その形まで持っていくという作業が抜けている。小説で言うと、中盤までのストーリーと、キャラクターの設定を引き継げばもっと面白く書けると言っているようなもので、そこを軽く考えて自分で一から書くと、当然、苦労することになる。

 リューイーソーに比べれば、簡単に作れるイーペーコー平和はちょっとかっこ悪い。まだ小説を書いたことはないという小説家志望からすれば、そういった地味な役を感じさせる小説を書いている作家は尊敬の対象にはならないかもしれない。しかし、実戦では、役満を狙ってテンパイにいくつも足りないようなノーテンよりは、イーペーコーで上がった方がはるかに評価される。どんなに配牌や流れが悪くても、駆け引きと知恵でなんとかテンパイまで持っていったり、役を作って上がる、その姿もまたプロだからだ。
 役満の手を作れないなら麻雀をやらないというのでは未来がない。まずは実戦を行う、テンパイまでは持っていく、安い手でもいいから上がる、そういったことを繰り返しているうちに、ある日ふと、役満を狙える配牌が来るのだと思う。

 というわけで、役満の手を作れないなら書かないと決めて、そのうちなにも書けなくなってしまったという人に対しては、まずは実戦で打ち切ってみるってだけでいいじゃんと言いたい。
 デビュー作である『わたしの彼はハムスター!?』を書いたとき、誉めてくれる人はごくわずか、それも私のことを知っているから誉めてくれているんだろうなという感じだった。あとは箸にも棒にもかからない、ボロクソ、糞味噌、失笑、苦笑、そんな言葉で表せる感想が多かった。
 近くにいた人からすれば、「俺は役満で上がると常々豪語していた人間が、いざ書いたらこれ?」的なものもあっただろう。
 でも、本は出版された。書ききって自信になった。国会図書館に納入された。中学生の女の子からファンレターをもらった。客観的に見れば、テンパイになっているかどうかも怪しいという出来なのかもしれないが、実戦に打って出て、一応、歴史に名を刻んだ。
 役満で上がることにこだわっていたら、役満でのみ上がる自分が本当の自分だと思い続けていたら、なにもないまま今日を迎えていただろう。

テキスト王 - いわゆる『頭の中に大傑作として存在しているストーリーを実際に書くと、どういうわけかつまらなくなる問題』を麻雀でたとえながら考えてみる (via petapeta)

(kotoripiyopiyoから)

♪盗んだバイクで走り出す~(窃盗罪) 
♪お尻を出した子一等賞(公然わいせつ罪) 
♪この長い長い~下り坂を~君を自転車の後ろに乗せて~(道路交通法違反) 
♪いつか君をさらって~彼氏になって~(営利目的等略取及び誘拐)  
♪こんな子といいな~できたらいいな~(強姦未遂)
♪上をむ~いて、あ~るこおおお(前方不注意)
♪そ~らを自由にとびたいなっ はい、タケコプター!(航空管制法違反)
♪めだかの学校は川の中(建築基準法違反)そーっとのぞいてみてごらん(軽犯罪法違反)
♪いぬのおまわりさん、困ってしまって、わんわんわわんわんわんわわん(公務員の職務放棄)
(via filemente)

生きにくい世の中

(via appbank)

(appbankから)

議論が平行線になる場合往々にしてそうなのだけど、
これだけ意味不明なことを言われるということは、
多分何か根本的なところで前提認識がズレてるんだろうことは想像に難くない。
原因を考えてみた。

恐らく、「本の本質をハードウェアと捉えているか、ソフトウェアと捉えているか」
にあるんだろうな、というのが今のところの結論。

自分のようなソフトウェア側で捉えている人間は、
「本というのは何かしらの情報を伝えることを目的としていて、情報そのものが本質である」
と考えている。
20世紀までの技術で一番効率が良かったのが、
たまたま紙にインクをのせるという手法であったから現在の本という形をしているだけで、
これから情報技術が進歩していけば、もっといい形態を取りうるだろうし、
むしろそうなって欲しいと思っている。

「電子書籍」と言っただけで、気持ちの悪い人たちがウヨウヨ湧いてくるたった一つの理由 (via otsune)

(kamishibaiから)

若いときの苦労は買ってでもしろというが、自分は若いとき苦労した人がガンなどで普通の人よりどんどん若くして亡くなっていくのを見ている。 そしてこの言葉が詭弁だとこの歳でようやく分かった。 この「格言」は若い人を安く労働させたい人間の洗脳の言葉だ。 騙されてはいけない。
Twitter / T. I.博士(工学)応用物理学 (via peperon999)

2011-01-22

(via gkojax-text)

(kogureから)

suyhnc:

「レッドブルなう」/「d.o.t」のイラスト [pixiv]
「その娘が電車待ちで素早くレッドブルを買う姿に惚れそうになったのは秘密だ。」twitterより引用

suyhnc:

「レッドブルなう」/「d.o.t」のイラスト [pixiv]

「その娘が電車待ちで素早くレッドブルを買う姿に惚れそうになったのは秘密だ。」twitterより引用

(udonchanから)

ホームレスを「イエガネーゼ」と表現している人がいて衝撃を受けた。すげぇポジティブ。
Twitter / Kamonohashi: ホームレスを「イエガネーゼ」と表現している人がいて衝 … (via wideangle) (via ohmomo) (via fukumatsu) (via toukubo) (via kml) (via dannnao) (via marugoshi) (via takaakik) (via kai-koh) (via 05) (via nemoi) (via konishiroku) (via yaruo) (via fujihajime) (via alice-lives-in-the-reblogia) (via mcsgsym) (via poeticevil)
「ググれカス」の丁寧語が「詳しくはWebで」だということを先ほど初めて知りました
@wwwww_BOT: from http://bit.ly/I2h0KD (via ibi-s)

(poeticevilから)

私的趣味、至適趣向。

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